INTERVIEWインタビュー

第2回 運命の出会い

料理の世界にはたくさんの魅力的な人がいます。そんな中で永松氏が大きな影響を受けた人として二人の名前が挙がりました。一人はホテル時代から公私ともに付き合いの深かった2つ年上の料理人:田淵浩佐氏(現:ホテルトラスティ心斎橋料理長)。もう一人はその田淵氏ともつながりの深い料理人:新屋信幸氏(現:mucu新屋食堂オーナーシェフ)。この二人との出会いが今の永松氏および『SEction D'or(セクションドール)』誕生に大きな影響を与えたようです。

 

食アカな人

2020年3月28日、29日 京都『SEction D'or(セクションドール)』にてインタビュー実施

自由な感覚派料理人:田淵浩佐氏と組む

永松さんはこれまで他の料理人に大きな影響を受けたことはありますか?
面白い人とはたくさん出会ってきましたが、自分自身が影響を受けたという意味では二人だけかもしれません。一人は田淵浩佐さん。2つ年上の料理人で僕とはまったく違うタイプの料理人です。一緒に組んで仕事をしていました。もう一人は新屋信幸さん。新屋さんには次元の違いを見せつけられました。
 
永松
まずは田淵浩佐さんのことを教えていただけますか?
ホテル時代、出向の形で神戸のホテルの飲食部門立ち上げのチームに入りました。そのチームには複数のホテルから料理人が寄せ集められていて、そこに田淵さんもいました。田淵さんはフランス料理の経験が浅い僕に本を渡してくれて「これ読んどきや」と。その本は今でも大切に持っています。主人公がフランスに渡ってのし上がっていくストーリーで自分にとっては教科書になりました。僕は27歳でフランスに行くことにしたのですが、その背中を押してくれたのも田淵さん。仕事も一緒、遊びも一緒で、仲良くさせてもらいました。僕は料理以外にもカクテルやワインも覚えようとしていたのですが、田淵さんも何でも知っておきたいタイプだった。当時は職場以外でもずっと一緒にいましたよ。
 
永松
永松さんとは料理人としてのタイプがまったく違う方だとか。
はい。めちゃくちゃ仕事ができる人で、感覚で何でもできてしまう人。そして、走り出すと自由に料理をつくり続けていく。二人で600人の宴会の料理を出したことがあるのですが、総料理長から出ているメニューにはないものもどんどんつくりだす。イタリアンや中華や・・・その自由な姿は横にいて恐ろしくなりました(笑)。でも、仕事は本当にきれいで、手も早い。今まで出会った中でもピカイチの人です。そんな自由で感覚重視の田淵さんを横で支えるのが僕。フランスから戻ってきたときに入ったレストランも田淵さんが総料理長をしていて、感覚派の田淵さんを秩序型の僕がセカンドで支えるというパターンでした。
 
永松
その田淵さんとの時間の中でセクションドールのカタチが生まれたということですか?
はい。フランスから帰ってきた後、僕は田淵さんと一緒に料理のデザイン会社の仕事や、その飲食部門のレストランや物販事業の立ち上げの仕事をやりました。それは2年ほどで終えたのですが、当時も田淵さんと一緒に遊んでいて、スパイスの配合もその1つ。田淵さんはひらめきがすごくて、スパイスの組み合わせをピタっと感覚的に決めてくる。面白くて、スパイスに二人でハマりました。そこからスパイスを使って世界に・・・宗教も越えて鶏肉で・・・と。さらに田淵さんが「こんなんあるんやけど」と持ち込んだのが過熱水蒸気オーブン。当時、田淵さんの会社が珍しい初動機を導入したので、二人で遊び始めた。で、それが今のセクションドールへとつながったわけです。結局、ケアが大事な機械なので、この初期型タイプを入れているのは今ではうちの店だけになりましたが。
 
永松
 

次元が違う?圧倒的な料理人:新屋信幸氏との出会い

永松さんに影響を与えた料理人、新屋信幸さんと出会ったのもその頃ですか?
フランスから帰ってきたとき、大阪『キュイエール』で新屋さんの料理をいただきました。衝撃でしたよ。フランス帰りで少しは自分に自信があったのですが、見事に鼻をへし折られた。想像を超えてくるというか・・・世界でいろいろな料理を食べてきましたし、すごいなと思うものもあったけれど、どれもある程度想像がつくんです。でも、新屋さんの料理はすごすぎて、何をどうしているのかが想像つかない。そのすごさに圧倒され、自分がこれからどうやって生き残るべきか・・・自分の料理観そのものが揺らぎました。
 
永松
そこからセクションドール、永松さんが柱としている黄金比率づくりが始まったともいえるのでしょうか?
そうですね。流行とか脱ぎ捨てて本質的なものを探り、自分の努力で人工的にセンスをつくりあげる。世の中の流行を見すぎると引っ張られるけど、ある程度見ないと経験値も上がらない。その葛藤の中で自分のスタイルの模索が始まりました。デザインの本とかもたくさん読みました。
 
永松
デザインですか?
僕の中ではデザインも料理も一緒。さらにいえば、科学とも結びつく。当時、新屋さんや田淵さんが料理を科学的に解明している本を読んでいたんです。僕も科学の本を読みました。これが面白い。料理は科学ですべて解明できるのだけど、科学で料理はつくれない。そんな矛盾も面白くて・・・料理も科学もデザインも僕の中では重なり合って自分に入り込んでいます。
 
永松
新屋さんから直接調理の指導を受けることもあった?
仕事してじかに鍛えてもらうという関係ではありません。ただ、レシピのこととかその背景にあることとか、料理について多くのことを教えていただきました。実は、僕が一緒に組んでいた田淵さんは新屋さんに直接仕込まれた時期があり、その意味では不思議な縁も感じます。
 
永松
田淵さん、新屋さんという二人の出会いが無かったら?
普通だったかも。ホテルの仕事は楽しかったですし、ホテル料理人として地位を上げていって今頃は偉そうにしていたかも(笑)。こういう時代になるとどうなるか分かりませんが、自分としてはそんな道を歩んだかもしれませんね。自分ならではの料理の世界を創ろうとか考えることも無く、当然、セクションドールにもたどり着いていない。二人との出会いの中で気づき、もがき、8年間の構想を経て独立開業しましたから。
 
永松
 
永松氏は「料理人は誰と出会うかで人生が変わる」とも。もちろん、その出会いの意味を感じ取り、そこで何を考え、何をするのかという部分でそれぞれの人生が変わるわけですが。次回は永松さんが考える「独立する料理人にとって大切なこと」のお話を紹介します。