INTERVIEWインタビュー

第1回 目標から逆算されたステップ

料理の世界では「あるある話」ですが、修行時代は激務の連続。しかし、その忙しさも鎌田氏にとっては目標に向けたステップ。鎌田氏は多忙な毎日の中で生まれるチャンスを見つけ、掴み取ることで階段を駆け上がったようです。鎌田氏インタビューの初回は、29歳の若さでピッツェリアを開業するまでに至った料理人人生の始まりに光をあてたいと思います。

 

食アカな人

2020年8月20日、26日 京都『ピッツェリア ナポレターナ ダ ユウキ』にてインタビュー実施

3年でストウブ台に

鎌田さんは京都のイタリア料理の草分け的存在「ながぐつ亭」で料理人としての仕事をスタートされました。その頃のことをお聞かせいただけますか?
当時の仕事は本当にしんどかったです。とにかく忙しい。ミスしてもきつく怒られるわけではないのですが・・・そもそも怒ったり、怒られたりする暇がないくらいに忙しい。その場を何とかしないと仕事が回らない。他人に構っていたら自分の仕事が遅れるだけだから、怒るよりも仕事を動かすことを優先させます。朝から晩まで休憩時間5分とかで必死に働き続けていました。今の感覚で言えば、ブラックそのものですね。もちろん、時代が違いますので比べても意味はありません。ただ、当時は皆がそうだったので、しんどくても僕は気になりませんでした。今思えば、面白かったですし(笑)。
 
鎌田
面白いと言えるのは凄いですね。
仕事の途中でちょっとした切れ目ができたら冷蔵庫を開けるフリをして休んだり、トイレに行くフリをして寝たり。「あいつ、帰ってけーへんな!」と言われながら(笑)。あまりにもお腹空き過ぎて、こっそりとチャンバー(冷蔵室)でドルチェを食べたこともありました。さすがにそのときは「お前、食べたやろ」とシェフに怒られました(笑)。そういうことはあったけど、面白い毎日でしたよ。ただ、仕事量が膨大なので、手の遅い子はどんどん辞めていくし、手が早くて仕事ができる子だけが残っていきました。
 
鎌田
厳しい職場、時代ですね。その中で、鎌田さんはどんなことを考えていたのですが?
実は、当初から3年でお店を辞めることを決めていました。僕は料理の世界に入る時、「20代で独立する」「19歳からの10年間で独立できないのなら料理人を辞めよう」と決めました。そこから逆算し、このお店では3年間でストウブ台、火口の前に立つことができるようになること。そして、その目標を達成した上で次のステップに行こうと決めていました。
 
鎌田
3年の間に達成すべきことが明確だったわけですね?
料理人って、ダラダラと何年でもお店にいれてしまうんです。でも、目的や目標を持っている人であれば、ここまではこのお店にお世話になり、次はあそこに行こうと考える。自分の行きたいお店を探し、自分の学びたいことを学んでステップを踏む。僕はそうでした。
 
鎌田
その最初のステップが「3年間でストウブ台の前に」。
ストウブ台の前に立つということは、お店で前菜からメイン料理まで扱えるようになることを意味します。通常のシェフが仕切るお店ではなかなかそこまでたどり着けません。でも、忙しくて料理がフル回転しているお店だとシェフも一人では料理を捌ききれません。そのときがチャンスです。
 
鎌田
 

一発勝負のチャンス

そのチャンスをモノにするわけですね。
シェフが一人で捌ききれなくなると補助に入ることができます。そのとき、シェフから「これ、ちょっとやれや(「やってみろ」という意味)」と言われる。ちゃんとできたら次も任せてもらえます。「よう見てたな」という感じで。できへんかったら「もう、ええわ」で終わり。その瞬間をモノにできるかどうかの一発勝負です。
 
鎌田
その場で丁寧に指導してもらえるわけではないですよね? どうにもならないくらいに忙しいから補助を依頼されるわけですし。
普段、自分の仕事をしながらも先輩たちの仕事ぶりをよく見ていたかどうかの差が出ます。よく見ておいて、どんな仕事なのか理解し、わからないことは後で先輩に確認しておく。受け身で教えてもらったことは、聞いても右から左に流れて終わりやすいですが、自分で必死になって見ていたものについては強くイメージが残ります。その蓄積があるからこそ、やらせてもらえるチャンスが飛び込んできたとき、その一発勝負に臨むことができるわけです。
 
鎌田
当時、その忙しい中でピッツァとも出会ったのですね。
「ながぐつ亭」が新たにスタートさせた2号店に入ることができました。2号店は、京都で初めてナポリの薪窯を導入し、本格的なピッツェリアを目指すお店でした。ナポリから入れ替わりで二人のピッツァ職人がやってきました。原材料や酵母も現地から持ち込み、彼らが本物の“ピッツァ”を焼く。“ピザ”ではありませんよ(笑)。そのとき初めて知った“ピッツァ”は衝撃的でした。この二人の職人、カルミネとアンジェロは私にとって最初のピッツァの師匠です。あのとき、その二人と本物のピッツァに出会えたことが私にとってのラッキーでした。
 
鎌田
 
厳しい仕事であっても、自分が抱く目標とリンクしているならば面白さを感じられる。激務の中にあっても周囲の状況を観察し、次に起こることを予測して段取りしておく。だからチャンスを逃さない。鎌田氏のお話からは、高い成果を生み出す人に共通するモノの見方・考え方・動き方が次々と飛び出してきました。次回は、鎌田氏が辿ったピッツァイオーロ(ピッツァ職人)への歩み、ナポリ修行時代に学んだことについてご紹介します。