VIEW食アカの視点Vol.2

未来を生き抜くための「資本=“もとで(元手)”」

「食アカの視点」では取材を通して食アカが気づき、考えたことを綴ります。食を支える人生を歩む人たちが語ってくださる話は学びの宝庫です。そのお話が示唆する大切な本質を蓄積し、多くの人々と共有してまいります。

 

京都『SEction D'or(セクションドール)』オーナーシェフ 永松秀高氏への取材を終えて

3つの資本=“もとで(元手)” 

少し前に話題になった書籍『ワークシフト』(リンダ・グラットン著 池村千秋訳、2012年 プレジデント社刊)。その中で著者は多様な角度から未来を洞察し、その未来を生き抜くためには「知的資本」「人間関係資本」「情緒的資本」の3つの資本が重要だと示しました。

「資本」と書くとなんだか難しい話のように思えてしまうかもしれません。要するに、私たちが何かを生み出すために必要となる“もとで(元手)”のようなものです。何かをしようと思うと“もとで(元手)”がないと何もできませんね。この社会を生き抜くために、私たちが“もとで(元手)”として獲得し、蓄積しておくべきものって何だろうか???という話だと思ってください。

今回は、その視点を参考にしながら永松氏のキャリアについて考察します。

唯一無二を追究してきた「知的資本」

「知的資本」とは「知識と知的思考力」*を指します。簡単に言えば、知識・技能の蓄積です。

幼少の頃にはセルクルでハムや卵をきれいに焼くための工夫を重ね、調理師学校時代は友人をつくるよりも技術を磨くことに専念。就職に際しては、あえて「超絶忙しい和食を紹介してもらいました」(インタビュー第1回「力を鍛える環境をつくる」より)という永松氏の歩みはマニアックかつストイックなまでに料理人としての「知的資本」を増やすことから始まっていたのかもしれません。

なお、この「知的資本」については独自性が強く求められる時代がやってきました。世界中でさまざまなレシピなどの情報が共有され、技術の陳腐化やハイテクを駆使した代替技術の出現が瞬く間に生じる時代です。料理の世界に限らないことですが、未来を生き抜くための「知的資本」としての知識・技能を獲得するためには、多様なことを学び、試し、自分ならではの創造性を加味したレベルに到達しなければなりません。

永松氏は料理人として調理技術を習得するだけではなく、デザインや科学の勉強にも積極的に取り組まれたそうです。そして、自分ならではの料理を目指し、自分ならではの黄金比率を創り出すために考え、試し、1つの到達点に至ったのでしょう。

多様な知識、唯一無二を目指す執念が永松氏独自の「知的資本」として蓄積したということではないでしょうか。

異分野にも拡がる「人間関係資本」

「人間関係資本」とは、要するに「人的ネットワークの強さと幅広さ」*のことです。この社会では孤独に競争するというスタイルで成し遂げられることには限界があります。むしろ多様な人たちとつながる中で従来の発想を超えたイノベーションを生み出すことの重要性が叫ばれる時代となりました。

永松氏の場合、前回の「食アカの視点」でも述べた通り、自律一貫性を強みとして多くの課題を解決して今に至ります。その意味では「人間関係資本」に過度に頼ることなく、自らの努力と工夫で事態を打開するのが本来の流儀なのかもしれません。

とはいえ、そんな永松氏だからこそ、気がつくと周囲に強力な「人間関係資本」が集まり、力となってきたことも伺われます。取材中に名前の挙がった田淵浩佐氏や新屋信幸氏はもちろん、永松氏のまわりには本物の力を持つ人々が存在します。仕事をしていると、いろいろな人と接点を持つ機会に恵まれるという人は少なくないですが、そのちょっとした接点を通して中身のある会話を行い、長く続く人の縁を獲得できる人は決して多くありません。

さらに、その人的ネットワークは(今回の食アカの理事就任にもあるように)異分野にも拡がっています。その価値ある「人間関係資本」が永松氏の次なるステージで大きな武器となることを予感させます。

卓越した「情緒的資本」

最後に「情緒的資本」の視点です。「情緒的資本」とは、「自分自身について理解し、自分のおこなう選択について、深く考える能力、そしてそれに加えて、勇気ある行動をとるために欠かせない強靭な精神をはぐくむ能力」*と説明されます。食アカの言い方に置き換えると、「自分を客観視し、自分が何者であるかという明確な自己概念(self-concept)を持つからこそ発揮できる力」です。

前回の「食アカの視点」で触れたように、永松氏は明確な自己概念を確立した上で行動し、なおかつ、その概念を環境変化の中ですり合わせてアップデートしていくことに長けています。調理師学校での学生時代、卒業後からセクションドール開業に至るまでの何段階ものステップ、セクションドール10年目を迎えた今だからこその自分自身の課題や可能性と向き合い続けること。そのうえで、自分にとっての仕事の意味づけさえもアップデートしていくこと。一般的にはこの「情緒的資本」の蓄積・強化が最も難しいと言われているのですが、もともと強い自律性を有し、自分のキャリア(人生)を自分で描いたうえで情熱を注いできた永松氏にとって、全ての力の源泉はこの「情緒的資本」だったのかもしれません。

やっぱり鍵を握るのは「自己概念(self-concept)」

以上、『ワークシフト』(リンダ・グラットン著 池村千秋訳、2012年 プレジデント社刊)が示す3つの資本の視点をあてはめながら、永松氏のキャリア(人生)から見えてくるものを紐解いてみました。

前回同様、最終的には「自己概念(self-concept)」の明確化と成長が鍵を握っている点に帰着します。すなわち、自分自身を客観視し、「なりたい自分」と「今の自分」のギャップとも向き合い、自分で考え、動き、変化する時代を生き抜いているということ。おそらく、その構造は人のキャリア創造の本質の一端なのだろうと改めて実感します。

今、世の中が大きく揺らぎ、食をとりまく環境が激変しています。それが短期的なことなのか、根本的な構造変化なのかを現時点で判断することは難しいでしょう。しかし、どのように変化するにせよ、その中で自分が価値を生み出すためには賞味期限切れをおこしていない「知的資本」「人間関係資本」「情緒的資本」が必要です。

こんなときこそ自分自身の足元を自然体で見つめ直し、全てをアップデートしていくことが大事だということを感じました。

*『ワークシフト』(リンダ・グラットン著 池村千秋訳、2012年 プレジデント社刊)p232~234より引用
参考文献:『ワークシフト』(リンダ・グラットン著 池村千秋訳、2012年 プレジデント社刊)

文責:食アカ