VIEW食アカの視点Vol.6

前提条件を覆す力

「食アカの視点」では取材を通して食アカが気づき、考えたことを綴ります。食を支える人生を歩む人たちが語ってくださる話は学びの宝庫です。そのお話が示唆する大切な本質を蓄積し、多くの人々と共有してまいります。

 

神奈川『株式会社みやじ豚』代表取締役社長 / 東京『NPO法人 農家のこせがれネットワーク』代表理事 宮治勇輔氏への取材を終えて

前提条件に囚われない発想と行動

宮治氏の歩みの中で特に印象的だったのは、勝負どころにおいて「思考・行動の前提条件となる環境要因そのもの」に切り込み、結果を出すためにその条件そのものを何度も覆してきたという点でした。なかなかできることではありません。

例えば、実家に戻り、養豚業の世界に入る時の宮治氏の動き。家業の跡を継ぐ人の多くは、そこで動く仕事を学び、踏襲し、その枠の中での最善を目指すことから始めます。跡を継ぐわけだから、今、そこに存在する家業の形を当たり前の条件とし(あまり考えることなく)自分をそこに馴染ませるわけです。しかし、宮治氏は違いました。

宮治氏にとって家業を継ぐことは目的ではなく手段であり、彼にとっては「実家の事業承継」は「起業」の一形態だったのでしょう。事前に経営者である親父さんに自分から何度も話をし、経営の仕組みを「自分がやりたいことを思う存分進められ仕組み」に変えたうえで家業に入っています。

さらに、品質向上努力が取引価格に反映されない構造や、生産農家がわからない状態で消費者に届けられる業界の流通構造に対しても、果敢に「前提条件」と向き合い、その「前提条件」そのものを転換させることに成功しました。世の中にたくさん存在する養豚農家が「当たり前のこと」として受け入れていた「仕事の前提条件」に自分を合わせるのではなく、前提そのものを変えてしまうことで“湘南みやじ豚”というオリジナルブランド豚で勝負できる土俵を確立したわけです。

宮治氏は勝負どころで、既成概念や業界の常識にとらわれることなく、ゼロベースで“あるべき論”から物事の本質にたどり着いたのでしょう。そして、「ありたい自分」「ありたい自社」の実現に向け、ある意味、怖いもの知らずの素人だったからこその行動を繰り返し、どっぷりと業界に入っている玄人、ベテランには打てない一手を繰り出すことができたのかもしれません。

それぞれの場面において、宮治氏の前には誰も「道」を用意してくれていたわけではありません。ここを進んでいけばいいよと誰かが言ってくれたわけでもありません。遠くに、たどり着きたい場所を自分で設定し、道なきところに道を切り拓きながら進んだわけです。

そのこと自体を心地よく感じる性格だったのかもしれません。また、自問自答の末に「やってみないとわからない」という結論で家業に戻ったように、不確かなことは行動しながら確かめるという行動特性(能力)も高いのでしょう。全てに対して主体的に取り組む宮治氏の生きる姿勢がその力を最大限に引き出し、成果を生み出してきたのだと感じました。

自分を縛る枠を固めない

とはいえ、宮治氏も既に養豚業界に入って15年目。最初の頃のように“素人ならではの視点”で勝負するには厳しいベテランです。かつて、新しくした仕事の枠組みは宮治氏の中で無意識のうちに「仕事の前提条件」となり、自身の中での既成概念、固定概念となって、今後は宮治氏を縛るものになるかもしれません。

実は、家業という仕事形態が持つ難しさがそこに潜んでいます。多くの家業は規模が小さく、メンバー、仕事の割り振りが固定されやすくなります。そのおかげでそれぞれが熟練し、質の高い仕事を実現できるわけですが、そこには副作用も伴います。仕事が固定化されると、仕事の視点は内向きになり、鮮度が徐々に低下します。仕事やビジネスモデルが賞味期限切れを起こし始めても気づきにくく、変革の力が弱まります。

14年前のみやじ家では、新風として宮治氏が現れ、業界に対しても新鮮なアプローチを繰り出して新境地を開拓しました。それは素人の後継者だった宮治氏だからできたことかもしれません。

人は誰でも既成概念や固定観念を持って生きています。経験を積めば積むほど、それが力になると同時に視野を狭める要因にもなります。既に宮治氏もそのことに注意が必要な時期に入っているかもしれません。

ただし、宮治氏はその点でも抜かりがありません。自社のことに対して内向きになりやすい「家業」の経営者でありながらも、仕事の両輪として農業全体の社会課題解決への取り組みを続けています。NPO法人での動きはそれにあたりますし、今回は取材趣旨として記事からは省略したものの、今や農業という枠を超えて「家業」のイノベーションを推進する社会活動も進めています。

株式会社みやじ豚という家業をもつ宮治氏ですが、その家業だけでは接することがない業界やコミュニティに出ていくことで、常に宮治氏の中でモノの見方、考え方はアップデートされ続けているのでしょう。宮治氏が意識されているかどうかはわかりませんが、この内向きと外向きの力が良い塩梅でバランスをとっていることには大きな価値があると感じます。

養豚業の経営者としても、社会課題を解決するイノベーターとしても、まだまだ前進し続ける宮治氏の歩み。さまざまな示唆に富むお話でした。今回の食アカの視点では、その中から、勝負どころで発揮すべき思考・行動とは何なのか?その力を今後も必要に応じて発揮するために何が必要なのか?というポイントに絞って整理してみました。勉強させていただいた宮治勇輔氏に心から感謝します。ありがとうございました。

文責:食アカ