INTERVIEWインタビュー

第3回 家業の事業構造転換(2)

「そこまで言うならやってみろ」と親父さんから家業を託された宮治氏。既存の流通を尊重しつつ、家業の事業構造を転換させた宮治氏の動きを追いかけます。

 

食アカな人

2020年9月23日 神奈川『株式会社みやじ豚』にてインタビュー実施

そうは問屋が卸さねえ

バーベキュー事業を始めるうえでクリアしなければならないのは、そこで使う豚が確実に“みやじ豚”であると特定できる流通を確保することでした。
その壁を越えるのが簡単ではありませんでした。通常、養豚農家は育てた豚を農協さんの車に載せて出荷するまでが仕事です。その後、豚は枝肉になり、「食肉問屋」を通して社会に流通します。この流通段階では複数の生産者の肉が混合されます。つまり、誰が生産した豚の肉なのかはわからなくなります。例えば、有名な地域名をつけた銘柄豚は厳しく生産者や生育方法を管理されています。しかし、「〇〇豚」といっても実際は多いと100を超える生産農家が出荷した豚のものが混在して販売されます。細かく生産農家を特定することはできません。
 
宮治
宮治さんの生産した豚も同様だったわけですね。
はい、当社の場合で言えば、神奈川産の銘柄豚として他の生産者のものと一緒になって流通します。そこを何とかしたかった。とはいえ、当社が食肉問屋の立場になることはできません。そこで既存の食肉問屋さんに想いをお伝えし、協力してもらおうとしました。
 
宮治
協力してもらえるものなのでしょうか?
問屋さんのリストを見ながら、一件ずつ電話しましたが・・・そうは問屋が卸さねえ(笑)。ほとんどの問屋さんに体よくあしらわれました。私が未熟だったということもあったと思います。ただ、当時はちょうど「問屋不要論」が叫ばれ始め、社会全体の中で問屋という業態の未来に危機感も生まれていました。その中で、今も取引させていただいている問屋さんと出会うことができました。「じゃあ、うちが宮治さんの豚を仕入れるから、その肉をうちから買い取ればいい」と言ってくれたのです。
 
宮治
出荷したものをもう一度買い取るということですか?
問屋さんとしては、既存の商流を変えられることには抵抗感を覚えます。当然ですし、実際に既存の商流には良いところもたくさんあります。であれば、当社はその既存の商流を使わせてもらい、その商流の中で2回商売すればよいと考えました。
 
宮治
自社の事業構造を変えたのですね?
当社は、豚を出荷する養豚農家であると同時に、自社店舗を持たずに“みやじ豚”のみを販売するお肉屋さんでもあるという2重構造の商売をすることになりました。問屋さんは枝肉となった“みやじ豚”を仕入れてストックしてくれます。うちは“みやじ豚”を世の中にPRし、注文を受け付けたら問屋さんに発注。すると問屋さんはカット処理・包装してお客さんにお肉を発送してくれます。当社は生産とブランド化と販売管理に集中し、1つの商流の中で2回商売ができるようになりました。もちろん、自社の展開するバーベキュー事業でも“みやじ豚”と特定された豚肉を提供できます。
 
宮治
 

シングルオリジンポークとしての価値

自社が育てた豚を自社で値決めし、消費者に提供する事業構造への転換に成功されたわけですね。今後の“みやじ豚”はどこに向かうのでしょうか?
規模拡大せず、宮治家で一農場で育てる豚。そこには今後もこだわりたいと思います。時々、料理人の方が「肉は個体差が大きいね」とおっしゃっているのを耳にします。でも、それはもしかすると「個体差」ではなくて「生産者の違い」かもしれません。実際、血統も餌の種類も揃えているはずなのに、生産者が異なれば味も変わります。有名なブランド豚であっても、その中には多数の生産者が育てた豚が混在しているわけです。品質にバラツキがあっても当然です。だからうちは“シングルオリジンポーク”としての価値を大切にしていきたいと思います。安易に規模拡大することは考えず、宮治家で目が行き届き、愛情を注いで育てられる生産形態・規模を守りたいですね。
 
宮治
“シングルオリジンポーク”、生産者の顔が見え、品質に安心できますね。
“みやじ豚”は臭みがなく、柔らかくてジューシー、軽くて上品なことを特徴としています。黒豚とはかなり性格が異なりますから、ある意味で対極のポジションにある豚肉として育てていきたいと考えています。この品質を支えているのは「餌」と「育て方」なんです。餌については成分分析しながら工夫を重ねてきましたが、飛躍的に肉質が良くなりました。うちはトウモロコシを使わず、麦類、イモ類、コメをブレンドした餌を使います。トウモロコシを食べさせていない農家はほとんどないはずで、肉が綺麗なのは穀物の使い方によるところが大きいと感じています。飼育方法も大切で、汚い環境で育てた豚には臭みが出ます。そう考えると、自社単独で生産・ブランド化・販売を動かす当社にとって、この生命線ともいえる品質を支える生産形態・規模は今後も大切にしなければなりません。
 
宮治
規模の拡大にも慎重だということですね。
月に130頭くらいの生産までには増やそうと思っていますが、それでも業界平均以下の規模です。“湘南みやじ豚”と銘打った以上、県外に出てまで拡大するのはどうかなという意地もあります。品質重視、ブランドを守りながら頑張りたいと思います。
 
宮治
 
家業を継ぐ前から抱いていた問題意識に従い、自社の新しい事業構造を探り、実現した宮治氏の歩みを伺いました。業界未経験に近い宮治氏だからこそ見えたものを無駄にせず、実務として自らの足で可能性を切り拓いてきた宮治氏が描く自社の未来。それは決して派手なものではなく、「地に足がついたもの」でした。実家に戻って15年目。次回は、農業、家業に今の宮治氏が思うことを伺います。