「食アカの視点」では取材を通して食アカが気づき、考えたことを綴ります。食を支える人生を歩む人たちが語ってくださる話は学びの宝庫です。そのお話が示唆する大切な本質を蓄積し、多くの人々と共有してまいります。
京都『SEction D'or(セクションドール)』オーナーシェフ 永松秀高氏への取材を終えて
“マルチタスク”という言葉があります。
マルチなタスク(task : 仕事、課題の意味)、つまり同時に発生する複数の仕事や課題のことを指す言葉です。
仕事をしていると、複数のテーマや課題が同時に押し寄せてくることが日常茶飯事です。そんなとき、私たちはマルチタスクをこなさなければなりません。
そして多くのマルチタスクを正確に素早くこなし、難局を乗り越え、見事に成果を上げている人は“カッコ良い”“できる奴”と称されます。
「すごいなぁ、あんなに同時に幾つものことができるなんて!!」と。
そんな人たちは本当に同時にマルチタスクを処理しているのでしょうか?
実は、人間の脳は“マルチタスク”の処理が極めて苦手な構造になっているそうです。
例えば、1,2,3,4・・・と頭の中で数字をカウントしながら、同時に文章を読むことができるでしょうか? おそらく、できないという人が大半でしょう。
人間の脳の構造はコンピューターとは異なり、マルチタスクを同時に処理することはできません。コンピューターは処理能力をタスクごとにわけて使用することができますが、人間は同時に複数のタスク処理を試みると全ての処理能力が著しく低下するそうです。(ごく一部、2%ほどは例外の人もいるそうですが)
それでは、成果を上げている人はどうやって“マルチタスク”と向き合っているのでしょうか?
永松氏の取材では、その向き合い方、仕事術についてもヒントとなる話がありました。今回の「食アカの視点」ではそこに焦点を当てたいと思います。
オーナーシェフとは、お店のオーナーでありながらシェフでもあるという立場。多様な立場を併せ持ち、お店の営業の中で目を配るべきことや果たすべきことが複数の角度で同時発生する“マルチタスク”な職業と言えるでしょう。
永松氏は取材の中で「人工的にですが・・・自分が多重人格を持っていたい」と語りました。
さらに具体的に、「例えば、調理する僕、サービスマンの僕、会計の僕、経営者の僕といった感じで4人の僕に自分を分けるんです。紙を4つに切って、それぞれの自分の役割を果たしていく。自分の中に複数の自分を持っていれば、その中の1つをやっているときには他のことを忘れて集中できます。」という仕事術を駆使しています。(永松氏インタビュー記事第3回「独立する料理人にとって大切なこと」より)
ここに“マルチタスク”に囲まれる中で頑張るための秘訣が隠されています。
実は、“マルチタスクを上手にこなしている”ように見える人であっても、決して「同時処理」しているわけではないのです。
複雑な仕事であったとしても、まず、それらをシンプルに“シングルタスク”として整理します。そして、ひとつひとつの処理にあたる瞬間は“一点集中”して取り組むことでクオリティを高めるわけです。その上で全体をコントロールしているからこそ、限られた時間とパワーで最善の結果に近づいていくことができるわけです。
この切り分けと集中は、複雑で総合的な仕事ができる人の特徴の1つです。
「オーナーシェフはそうじゃないとパンクする」(永松氏インタビュー記事第3回「独立する料理人にとって大切なこと」より
→ 参考URL:永松氏インタビュー記事第3回
永松氏は自らが果たすべき役割を俯瞰したうえで具体的に自己認識し、その役割と仕事をシンプルな“シングルタスク”に整理したうえでマネジメントしていたわけですね。
マルチタスクをこなす(同時処理する)のではなく、それらをシングルタスクとして再編し、一点集中で思考・行動を最大活用できる環境をつくること。そこに成果を上げるための秘訣があるということが伺われます。
しかし、このシングルタスク化、一点集中の仕事のスタイルを貫くことは簡単ではありません。脳は新しい刺激を求める習性をもっているのですから。
この脳の習性について、コーネル大学ジョンソンスクール(経営大学院)の客員教員を15年以上務めたデボラ・ザック氏は、マルチタスク状態で仕事をすることに警鐘を鳴らした著書の中で以下のように指摘しています。
「マルチタスクが間違っていることは承知のうえで誘惑に屈服するのは、私たちが目新しさを求めるからだ。外部からの刺激が現状に変化を起こすと、そうした変化がよいものと認識されようが、悪いものと認識されようが関係なく、アドレナリンが血流を駆けめぐる。すると、人は目の前にあるタスクより、新たなタスクのほうに注意を向けたくなってしまうのだ。」*
ご自身を振り返ったとき、目の前の何かに集中し、頑張ってやり切らなければいけない状況の時ほど、全く関係のない別のことがやりたくなることはありませんか?
普段はそこまで思わない「別の新しい何か」について考えてしまう。要するに「気が散った状態になる」ということですが、それは脳の習性だということです。
永松氏はそんな脳の誘惑を制し、自らの思考・行動をマネジメントするために、「時間割」という手段を講じていました。
永松氏曰く、「自分の生活で「時間割」をつくり、その通りに生きてみています。1時間目はコレ、2時間目は・・・と。きついルールですが、めちゃ楽になりました(笑)」(永松氏インタビュー記事第3回「独立する料理人にとって大切なこと」より
→ 参考URL:永松氏インタビュー記事第3回
これは、自分を律し、オーナーシェフとしての自分を持続させるために永松氏が見出した仕事術、工夫の1つなのかもしれません。
人間の脳の構造を踏まえ、複雑で高度なタスク(task : 仕事、課題)に負けることなく、自分自身が納得できるレベルを目指すための仕事術。それも重要なスキルの1つです。
工夫そのものは、それぞれの立場で自分にあったものを見出していくべきことですが、人の持つ宿命的な弱さを克服し、限られた時間とパワーの中で結果を出すための「戦術」を駆使するという側面に光を当てるべく、今回の「食アカの視点」をお届けしました。
参考となれば幸いです。
*デボラ・ザック. SINGLE TASK 一点集中術――「シングルタスクの原則」ですべての成果が最大になる (Kindle の位置No.461-465). ダイヤモンド社. Kindle 版.より引用
参考文献:デボラ・ザック. SINGLE TASK 一点集中術――「シングルタスクの原則」ですべての成果が最大になる. ダイヤモンド社. Kindle 版.
文責:食アカ